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特集 3

別府、アートな夜散歩

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“おんせん県おおいた”のなかでも抜群の知名度を誇る温泉のまち、別府。そんな別府はまた、アート好きにはよく知られたアートのまちでもあります。今回は夜の別府を散歩しながら、まちに点在するアート作品に触れてみましょう。

別府のまちに夜だけ現れる“天使の羽”

別府駅にほど近いホテルの屋上に浮かび上がる、天使の羽。よく見ると七色の光がゆっくりと明滅を繰り返しています。実はこれ、トルコ出身でパリを拠点に活動する著名なアーティスト、サルキスの作品なのです。

タイトルは『別府の天使』。天使はこれまでもたびたびサルキスの作品のモチーフとなっており、また、別府のまちを天使のように見守ってほしいという、このプロジェクトのディレクターの願いも込められています。ゆっくりと羽が現れては消えていくそのリズムは、サルキスの呼吸のリズムに合わせたものだそう。昼間は点灯せずにその姿を消し、夜になると現れる、夜しか出会えない作品なのです。

海門寺公園から見上げた『別府の天使』。日没から23時まで見ることができます。

実は、サルキスと別府のまちは以前からつながりがあるといいます。2009年に開催された「混浴温泉世界」という芸術祭の第1回目にサルキスが参加しており、彼の作品に携わったボランティアスタッフをサルキスは「エンジェル」と呼び、現在も交流があるのだそう。

近くからじっくり見上げるのもいいですが、まちを歩きながら、ビルの隙間から見え隠れする作品を見つけるのも一興。まちの風景に溶け込んでいるので、「あ、ここからも見える!」なんてポイントを探しながら散策するのも楽しそうです。

そもそもこの作品は、「ALTERNATIVE STATE」というアートプロジェクトの作品のひとつ。別府市内各所にアート作品を設置し、全8作品を巡ると別府のまちを一周することができるというプロジェクト。2022年にスタートし、現在3作品が公開されていますが、今後徐々に作品が増えていきます。アートを巡りながら、同時にまちの魅力も味わえる、そんなアートプロジェクトなのです。

別府の駅前通り。正面に見える壁画も「ALTERNATIVE STATE」の作品のひとつ、マイケル・リンの『温泉花束(オンセンブーケ)』。ライトアップはされていませんが、夜でも目に入ります。

プロジェクトの運営を担う〈BEPPU PROJECT〉の久保優梨子さんは「このプロジェクトには、“湯けむり”のような典型的な風景とは違う別府の姿を見せたいという思いもあります。こんな景色もあるんだなと、楽しみながらまちを巡ってもらえたら」と話します。そして、久保さんが教えてくれたとっておきのスポットがここ。

地元の人にはおなじみのデパート〈トキハ別府店〉の駐車場の11階からは、別府の夜景が見渡せます。夜景の一部となった『別府の天使』は、しばし時を忘れてずっと眺めていたくなる、そんな作品でした。

大分県内の廃材から生まれたアート

もうひとつ、夜見られる「ALTERNATIVE STATE」の作品があります。トキハを出てすぐ、国道を渡ると見えてくるのが、ニューヨークを拠点とするアーティスト、トム・フルーインの『ウォータータワー10:別府市、2023』です。

『ウォータータワー』は、給水塔をモチーフにしたフルーインの代表的なシリーズ。その10作目となるこの作品は、アメリカ国外では初の設置となるそうです。もちろん昼間でも見ることができますが、日没から23時までライトアップされ、ステンドグラスのような作品はさらに輝きを増します。

近づいてみると、なにやら電話番号のような数字や日本語の文字が。実はこれ、大分県内から集めた、不要になったアクリルの看板が使われているのです。近づいて鑑賞したり、真下に入って見上げてみても、いろいろなものが目に飛び込んでくる、楽しい作品です。

この作品は「水への感謝を象徴した作品」だそう。海沿いの国道に面した公園内に設置され、温泉という恵みを湛える別府にぴったりです。また「母なる自然からの贈り物を大事にしようという意思を込め、環境に敬意を表し守るため、そして、身の周りにあるものの美しさに目を向けるために、この作品は、廃材を集めて制作しました」とフルーインは語っています。

この作品を実際に施工したのは、県内の鉄の加工業者が中心だったそう。ふだんは建物の構造物など、竣工すれば隠れてしまったり、あまり意識して人に見られるものではない部分をつくっている人たちが、ものづくりの力を発揮。いつもの仕事と同じように、いいものをつくりたいという思いと高い技術で作品づくりに取り組んだようです。

久保さんは、「これはアーティストの作品であると同時に、施工に関わった方々の作品と言っても過言ではありません。ここに有名な作家の作品があるということだけでなく、地域の人たちが関わってくれたということに、とても意味があると思います」と話してくれました。フルーインも作品の完成度に驚き、日本のクラフトマンシップを高く評価してくれたそうです。

作品は北浜のバス停の近く、北浜公園内にあります。別府タワーと一緒に。

観光客の目にも留まりやすく、地元の人たちの思いも詰まった、新たな別府のランドマークとなりそうな作品です。

Information
ALTERNATIVE STATE(オルタナティブ・ステート)
Web:https://alternative-state.com

別府との関わりの“はじまり”となる場所

『ウォータータワー』をあとにし、南部エリアの〈HAJIMARI Beppu〉に向かいます。ここは暮らすように滞在できる宿であり、喫茶やショップも併設された別府の新しい文化拠点。元倉庫だった建物をリノベーションし、2023年9月にオープンしたばかりです。

もともとこのエリアはものづくりが盛んで、現在もアーティストやクリエイターが多く暮らし、移住者も増えています。そんなアーティストやクリエイターたちが集結し、宿づくりに参加。館内の随所に彼らの作品が散りばめられています。3・4階の部屋は宿泊者以外は見ることはできませんが、1階のラウンジは喫茶としても利用でき、作品に触れることができます。

坂本和歌子さんの作品『はじまり』。

まず入ってすぐ、チェックインデスクの背後にある大きな作品に目を奪われます。これは、HAJIMARI Beppuの宿主でもある陶芸家、坂本和歌子さんの作品。海から太陽が昇るイメージを陶器で表現したウォールアートです。坂本さんはこの場所でサテライトアトリエと焼き菓子のショップ〈うみとじかん〉も運営し、坂本さんのすてきな器も購入することができます。

店内には坂本さんの器も並びます。

ほかにも、この近所に暮らすイラストレーター網中いづるさんの絵や、豊後大野市にアトリエを構えるアートユニットOlectronicaのオブジェなど、宿主夫妻と関わりのあるアーティストの作品が空間を彩ります。

別府市在住の網中いづるさん。4階には網中さんの作品が展示された部屋も。

テーブルの上にさりげなく置かれたOlectronicaの作品。たまに移動していたりするそう。4階にはOlectronicaの部屋もあります。

また、料理家のワタナベマキさんが喫茶で提供するスープの監修をしたり、文筆家の甲斐みのりさんが館内の音楽の選曲やショップで販売する工芸品のプロデュースをするなど、大分県在住のアーティストたちと、別府に惹かれて深く関わるようになったクリエイターたちのコラボレーションで、この場所をつくり上げているのです。

甲斐みのりさんはじめ、クリエイターたちの選書した本が並ぶ書棚も。

別府を撮り続ける写真家、藤田洋三さんの作品や写真集が並びます。

そもそも、HAJIMARI Beppuのコンセプトには、県外や海外から来た人と別府との“はじまり”の場所になりたいという思いがあるそう。夫である光浦高史さんとともに〈DABURA.m〉という建築事務所でこの場所を運営する坂本さんは、「この場所に若い人たちに集まってもらいたい。みんなでまちを盛り上げるような、別府を楽しんでもらえるような場所になりたいと思っています」と話します。

大分市在住の安部泰輔さんの作品。スタッフの古い服などのファブリックを集めてつくったそう。

特別な金曜日にはアーティストバーも開催。別府に暮らすさまざまなアーティストがホストとなり、作品を展示したりトークをしたり、そのときによっていろいろなことが起こる予感。「日頃あまりアートに触れない人も、アートが好きだけどどう関わっていいかわからない人も、気軽に来てもらって、アーティストと触れ合ってもらえれば」と坂本さん。これからますますおもしろい場所になりそうです。

別府のトキワ荘といわれるアーティストインレジデンス〈清島アパート〉に長く住んでいた鉛筆画家の勝正光さんが描いたのは、別府の八坂神社の狛犬。こちらは『吽』。

店舗情報

店舗名:HAJIMARI Beppu
住所:大分県別府市千代町5-1
営業時間:喫茶ゆあみ 11:00~20:00 ※アーティストバーなどのイベント時は変更の場合あり。SNSなどでご確認ください。
SNS:https://www.instagram.com/dabura.m/
定休日:火・水曜

世界的なアーティストの作品にも、すぐそこに暮らしているアーティストにも出会える別府のまち。温泉に浸かったら、散歩しながら、アート作品やこのまちの文化にもゆったり浸かってみませんか。

Credit text & photo COLOCAL(マガジンハウス)
文・榎本市子
写真・ただ(ゆかい)

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